川越 菓子屋横丁

菓子屋横丁の歴史の始まりは明治の初頭。その当時2~3軒の菓子屋が、関東大震災で被害を受けた東京に代わり、駄菓子を製造供給するようになり、昭和初期には70軒ほどの業者が軒を連ねていたそうです。

現在は、10数軒の菓子屋が当時の面影を残しながら菓子屋横丁として残っています
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ここからは菓子屋横丁とははずれたところの街中スナップです。

蔵造の街並みにある老舗の菓子屋さん。ここの芋菓子をおみやげに買ったが、絶品でした。
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近代的なビルが立ち並ぶ川越駅前。。
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by engel777engel | 2017-05-17 19:45 | Comments(2)
Commented by mokonotabibito at 2017-05-17 20:12
菓子屋横丁というのがあるのですか。
学生たちや和服を着た観光客のスナップが良いですね。
皆さんの仕草や表情に旅の一コマを感じます。


河口慧海のチベット旅行記を購入いただき、ありがとうございました。感謝いたします。
頑張って、たびねす記事やブログ記事を書いた甲斐がありました。

ブログのMoreで書いた「とうとう、ゆで卵の一つも食べずに、死んでいくんだなあ」としみじみと姪の宮田恵美さんに語った。
という箇所は、宮田恵美さんの講演を聞いた時に知った事実です。
宮田恵美さんは、慧海の姪ですが、有名司会者:故・宮田輝さんの妻で、まだ東京で御健在のはずです。
Commented by engel777engel at 2017-05-18 07:30
川越訪問で一番に感じたことは、いままで埼玉の片田舎の町と受け止めていた予想とは大違いの歴史都市、文化都市であったということです。
 それと五百羅漢について、これまでお顔の表情や仕草にわざとらしい、作られたものを感じていた私の感覚の間違いに気づかされたことです。私の撮った写真にお顔のアプがなかったのもこの間違った先入観が理由ですが、記事にも書いたように羅漢さんを撮りたいと言っていた友の写真はアップが中心で大変味わい深いものがありました。その老友の羅漢さんを撮る表情が羅漢さんの雰囲気と同じなのにも感銘を受けたところです。

河口慧海のチベット旅行記、模糊さんの記事でチベットの師と大乗小乗のやりとりのくだりまで読んで、読むことを決めました、本が届くのを楽しみに待っているところです。

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