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東京スカイツリー

展望まで一気に昇る。耳にツーンとくる。
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遠方は靄につつまれて眺望は今一つだったが真下の景観は素晴らしい。
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展望回廊
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by engel777engel | 2017-07-13 21:00 | Comments(0)

浅草寺  スナップ

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つい裸の背に目が行ってしまう。
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ホウズキ売りの女
母の背にしがみついている赤ちゃん。
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by engel777engel | 2017-07-12 21:57 | Comments(0)

浅草寺ホウズキ市

7月10日、今日は四万六千日ホウズキ市です。
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by engel777engel | 2017-07-12 09:57 | Comments(0)

改修中の浅草雷門

7月10日
  
今日は奇しくも浅草四万六千日ホウズキ市でした。東京スカイツリー見学が主目的の散策の帰りに浅草寺の行きつけの蕎麦屋に昼を食べに立ち寄ったところ、雷門の修復工事とホウズキ市に出逢った次第です。。

工事用の白布につつまれた雷門
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ホウズキ市は次回掲載。

by engel777engel | 2017-07-11 22:40 | Comments(0)

川越 菓子屋横丁

菓子屋横丁の歴史の始まりは明治の初頭。その当時2~3軒の菓子屋が、関東大震災で被害を受けた東京に代わり、駄菓子を製造供給するようになり、昭和初期には70軒ほどの業者が軒を連ねていたそうです。

現在は、10数軒の菓子屋が当時の面影を残しながら菓子屋横丁として残っています
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ここからは菓子屋横丁とははずれたところの街中スナップです。

蔵造の街並みにある老舗の菓子屋さん。ここの芋菓子をおみやげに買ったが、絶品でした。
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近代的なビルが立ち並ぶ川越駅前。。
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by engel777engel | 2017-05-17 19:45 | Comments(2)

川越祭り 川越祭り会館

江戸時代から「小江戸」と呼ばれた川越の祭りは江戸神田明神の神田祭など天下祭の影響を強く受けてる。
しかし現在の東京の祭りは明治以後に新政府によって山車が解体されたり、電線の敷設によって曳行ができなくなったことで山車から神輿中心の祭りに変貌しており、川越祭りは江戸天下祭の伝統が今日も最も生きている祭りの1つです。
 川越祭りは10月で、是非行ってみたいものです。。

ここ川越祭り会館では川越祭りの華、山車が展示されている。
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写っている提灯の数27は町の総数  ある町が二台の山車を持ち、川越市が一台を持ってるとのことで川越の山車の総数は29。。
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街中で撮った可愛いスナップ
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by engel777engel | 2017-05-16 21:00 | Comments(0)

喜多院の五百羅漢

喜多院山門をくぐって右手、沙羅双樹の下にある。川越北田島の僧志誠の発願で1782(天明2)年から50年の歳月をかけて完成した538体。一つとして同じ姿はなく、内緒話をしたり、七輪で湯を沸かす羅漢像もあり、見る者の笑いを誘う。

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by engel777engel | 2017-05-16 09:00 | Comments(2)

川越 喜多院

慈覚大師が830年(天長7)に創建した天台宗の名刹で、正式には星野山無量寿寺喜多院という。
江戸時代初期、名僧天海大僧正が住職をつとめた寺として、また江戸城から移築された三代将軍徳川家光・春日局ゆかりの建物をはじめとする、多くの文化財を所蔵している。

院内は基本的に写真禁止となっており、護摩修行堂、春日局化粧の間などご覧に入れたいところ沢山あったが残念ながらご紹介できません。
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五百羅漢。中は後程。
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私たちが拝観を終えて外に出るとこの賑わいでした。。
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by engel777engel | 2017-05-15 19:00 | Comments(0)

川越城本丸御殿

江戸時代、本丸御殿は建物の数16棟、1025坪(3388平方m)の建物面積を誇るものでした。
明治以降、建物の移築・解体が行われ、現在では、本丸御殿の玄関部分と大広間・家老詰所を残すのみの遺構となっています。

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by engel777engel | 2017-05-14 20:00 | Comments(2)

川越  時の鐘

川越の歴史

江戸時代には親藩・譜代の川越藩の城下町として栄えた都市で、「小江戸」(こえど)の別名を持つ。戦災や震災を免れたため歴史的な街並が残っており、市内の観光名所には年間約704万人もの観光客が訪れる観光都市。
 川越城を擁する川越藩は江戸幕府の北の守りであり、武蔵国一の大藩としての格式を誇り、酒井忠勝・堀田正盛・松平信綱・柳沢吉保など大老・老中クラスの重臣や御家門の越前松平家が配された。そのため、江戸時代から商工業や学問の盛んな城下町であり、今日でも多くの学校を有す文教都市とある。

川越の名所、時の鐘付近の賑わい。
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丁度時を鳴らしているところでした。
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昼はこの蕎麦屋さんの五段重ね二八蕎麦を食べる。もう一度食べたくなる美味しさでした。川越にお出かけの時はお勧めします。

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by engel777engel | 2017-05-13 18:00 | Comments(0)